イエスは言われました:「私の民よ、福音書を見ればわかるが、当時の宗教指導者たちは神の道と人の道とは異なることを理解していなかった。彼らはベツレヘムでダビデ王の系譜に生まれた私を認めず、ナザレで育てられた私の存在すら気づかなかった。それどころか聖書自体が「ナザレン」について語っているではないか。今日のあなたたちも同じだ。私はあなたたちの人生の中心であることを知っていながら、世俗的な懸念に心を曇らせ、使命から目を逸らしている。その使命とは私を知り、愛し、仕えることなのだが。私のシンプルで謙虚な生活や祈りと戒めの遵守を見習ってほしい。あなたたちが私と隣人を愛するなら、それは行動と考えに現れるべきだ。」
イエスは言われました:「私の民よ、このビジョンは信仰の炎が非常に繊細であることを示しています。人々の罪や悪魔の誘惑によってその炎は消されてしまうことがあります。一度誰かの信仰が冷めると、奇跡または多くの祈りと断食を必要とするほど再び点火するのは難しいでしょう。これが日曜日のミサに参加しない人々が増えている理由です。世俗的な誘惑によって天国への道から逸れてしまったため、多くの人が迷子になってしまいました。だからこそ信仰心ある者は日常生活で私と近しくあり、ミサや私の聖礼に参加することが必要です。あなたたちは信仰の炎を明るく燃え続けるだけの恩寵を持っているけれど、毎日私の使命を達成しようとする意志を捧げなければ天国には行けないでしょう。自分たちを私の祈り戦士や伝道者と考えなさい。あなたたちの努力と私の恵みによってできる限り多くの魂に信仰の炎を再び点してほしい。」