「私はあなたがたのイエス・キリスト、肉体を持って生まれました。」
「私がここに来たのは、権威ある者たちが手にする有利な道具として服従という美徳がどのようになるか説明するためです。確かに、服従は支配の手段となるときには悪用されます。いかなる権威への服従も愛の美徳を通じて励まされるべきであり、報復を恐れるからではなく、愛ある心で実践すべきです。愛がないままに行なわれるようなこの種の服従は空虚であって、何ら価値もありません--それは愛なくして行われるいかなる美徳と同じく無意味です。」
「多くの権威が服従という名目で木槌を下ろすことがあり、しばしば霊を抑圧し、多くの善行を鎮めようとします。私はそのような支配の試みには敬意を払いません。そこで、各自に今この瞬間における服従の実践の結果について考えることを招待いたします。」