「私はあなたがたのイエスである。肉体を持って生まれてきた者だ。今日の話題は、精神的な傲慢についてだ。傲慢とは過度な自己愛のことであり、精神的な傲慢とは神から与えられた贈り物に対して自分自身の背中を叩くことである。精神的に傲慢な者たちは、自分の生活においてどれほど強力に神が働いているかを皆に知らせたいと願っている。彼らはスポットライトを浴びることを求めている。彼らの聖さで人々を感心させようとする。しばしば実践する美徳は表面的であり、他人に見えるように偽りがある。」
「しかし私は小さく、予想外の者たちを選ぶ。私が無力な者たちを選び、私の言葉が重要性を持って響き渡るようするためだ。そして魂自身の重要性への欲求と競争せずに。」
「精神的な傲慢はサタンがすべての聖さを求める者たちのために仕掛ける罠である。この陥穽は魂自身の自己愛によって覆われており、彼はそれを見ず、疑うこともない。自分が神の目にはどれほど好まれているかと信じ込んでいるため、隠れた罠を見ることは決してない。」
「謙虚は神の目の中で重要であることを求めず、人々の目にも求めない。謙虚はただ神をより深く愛し、その意志を行うことのみを求める。」