謙虚についての教訓
イエスは言われました:「 “私はあなたがたのイエス、肉体を持って生まれた者です。” 」
「もし謙虚がすべての美徳の根源であるなら、聖なる愛こそそれが育む土壌だと理解しなさい。すべての美徳を実る木は、その根と土壌なしには栄えることができない。」
「どんな美徳も自由意志による行動によって行われます。それは美徳を持続的に実践することで魂に注ぎ込まれるのです。」
「まず、魂は聖なる愛──土壌を選ばなければなりません。神への最高の愛と隣人を自分自身のように愛することで、魂は謙虚を実践しなければならない。」
「謙虚とは自己卑下であり、したがって自覚に開かれており、それどころかそれを歓迎します。そして謙虚は批判を見なすことができます。他人をより優れた恩寵や評価、報酬の対象と考えるでしょう。最も低い仕事でも満足し、自分の努力に対して認められることを求めたことはありません。謙虚は隠れようとするものです。したがって、謙虚を主張する人はその反対なのです。」
「パウロのコリント人への第13章で、パウロが聖なる愛について述べています。これはまた聖なる謙虚の説明でもあります。」